北原真理著「沸点桜」(光文社)

2018年11月5日

Review1105-02
第21回(2017年度)日本ミステリー大賞新人賞受賞作だというので、読んでみました。北原真理著『沸点桜』(光文社)です。この新人賞の受賞作はだいたい読んでいますが、本書もそれなりにおもしろかったです。

ジャンルで言えば、ハードボイルドミステリーです。そう、女性の新人作家が描いたハードボイルドで、その筆致には驚きました。作者は1965年生まれ、東京都在住の主婦だそうです。

新人ながら、プロレベルの作品と言っても過言ではありません。

本の帯にはこうあります。

【新宿歌舞伎町でセキュリティをするコウは、生きるためなら手段を選ばないしたたかな女。元情婦のシンプの指示で、風俗店〈天使と薔薇〉から逃亡した淫乱で狡猾な美少女ユコを連れ戻しに成城の豪邸へと向かう。そこには敵対する角筈の殺し屋たちが待っていた。窮地を躱したコウはユコを連れ、幼いころに暮らした海辺の団地に潜伏する。束の間の平穏、団地の住民たちとの交流、闇の世界から抜け出し、別人に生まれ変わった危ない女とやっかいな女の奇妙な共同生活。幼いころから虐待され、悲惨な人生を歩んできた二人に、安息の日々は続くのか――。】

新宿歌舞伎町、風俗店、殺し屋、美少女、悲惨な人生……。一歩間違うと、誰かが描いた物語になってしまい、既視感の漂う作品になりかねません。新宿歌舞伎町を舞台にした小説は多々ありますから。でも、決して凡庸な作品ではありません。主人公は、歌舞伎町の風俗店「天使と薔薇」で女ながらセキュリティ(店の女の子の警護やトラブル処理)をしているコウ(27歳)ですが、しかも、彼女はHIV陽性なのです。

書き出しは、1992年の新宿から始まっています。

【待ち人はいつも来ない。
祖母の額の真中に、小さな赤い花が咲いていた。
時間が経つにつれて、針の先程の蕾は大きくなり、紅い炎の花びらを開いた。ビンディーというのだと後で知ったが、十二歳だったので、インドの女の人みたいだと、せいぜい声を殺してつぶやくしかなかった。ビンディーの、紅い草の実を磨り潰した染料を額に乗せるその業は、零を現わすとか、心を無にするという意味があるらしい。
 これが家族の、最期の、記憶だ。
祖母のビンディーは意味などあろうはずもなかった。それは死斑だ。医者が面倒臭そうに言った。棺桶に入ったときは小さな蕾だったそれが、ゆっくりと皺だらけの額に日輪の輪を広げ、紫を帯びてきて、葬儀の終わりと共に黒く爛れて枯れた。】

物語は1992年(1993年も)と、コウが50歳になっている2017年を往復して進んでいきます。主人公をHIV陽性にしていることも、物語に重みを持たせています。暴力シーンもあるし、作品にスピード感もある。女性作家によるハードボイルドミステリーというのは、他に誰か書いている人がいるのだろうか。多分いると思いますが、あまりよく知りません。

これまでどのような読書遍歴があるのでしょうか。こんなハードボイルドを女性が書けるということにも、感心しました。

骨太な痛々しい物語。次作が楽しみです。
(北代靖典)

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