早見和真著『イノセント・デイズ』(新潮文庫)

2017年6月19日

inosent-dis
書店で大量に平積みになっていて、本の帯に「読後、あまりの衝撃で3日ほど寝込みました…」とありました。オーバーだなあ、と思いながらも、日本推理作家協会賞受賞作でもあるので購入しました。読後、3日寝込むことはなかったけれども、3時間も4時間も、主人公の壮絶な不幸が脳裏を巡り、頭から離れませんでした。確かに衝撃的な作品です。

田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景に何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がる世論の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼なじみの弁護士たちが再審を求めて奔走するが、彼女は…筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。(本書から引用)

著者は残酷ですね。ここまで主人公を痛めつけるとは。こんなにも、哀しい結末を用意するとは……。いや、違う。著者こそが実は主人公に寄り添い、愛し、味方であり続け、物語を最後まで導いているのがわかります。
「私は見届けなければいけないのだ。彼女が死ぬために生きようとする姿を、この目に焼き付けなければならなかった。」
私=女性刑務官であるけれども、私=著者でもある気がして、胸が痛みました。

【「起立!」という号令がかかり、全員が立ち上がる。着席をうながすと、裁判長はすぐに幸乃を証言台に呼び寄せた。
 法廷全体を見渡せる位置から幸乃を見下ろし、裁判長は一度小さく目を伏せた。フィナーレは早々にやってきた。
「あなたに主文を言い渡す前に、判決に至った理由から先に述べたいと思います」
 まるで深い海の底を泳ぐ魚のように、裁判長の声が法廷の中を揺らいだ。
 覚悟のない十七歳の母のもと――。
 養父から激しい暴力にさらされて――。
 中学時代には強盗致傷事件を――。
 優しさに孕んだ裁判長の言葉が、少しずつ固い表情に追いついていく。そして「たとえ被告人に有利な情状を鑑みたとしても」という言葉が峠となった。次の瞬間には、言葉は完全に厳しいものに塗り替えられた。
 罪なき過去の交際相手を――。
 その計画性と深い殺意を考えれば――。
 反省の様子はほとんど見られず――。
証拠の信頼性は極めて高く――。
(中略)
朗読は十分以上続いた。ひりつくような緊張がさらにしばらく続き、裁判長は一度小さくうなずいた。沈黙の重さに耐えきれないと感じた、直後だった。
「主文、被告人を――」
それまでよりも一段高い声が法廷内に轟いた。
「死刑に処する!」】(本文から)

第一章「覚悟のない十七歳の母のもと――」第二章「養父から激しい暴力にさらされて――」といった具合に、判決理由の一文が各章のタイトルになっている。この構成は見事です。

一度読みだすと、どんどんひき込まれて、ページをめくる手がとまりませんでした。事件の裏側にあるものを、複数の関係者の視点から浮き彫りにしていく。幸乃は本当に犯人なのか。終盤になってすべての真実がわかります。なのに、ラストがあまりにも切ない。深く、深く、心に残る小説でした。

辻村深月氏は本書の解説で「早見さんの小説の魅力は、その熱さにある。(中略)激しく熱いだけでなく、哀しみや怒り、絶望にも似た、こんな静かで凄絶な熱もあるのだと、『イノセント・デイズ』を思い出す時、いつも思う。」と書いています。
余談ですが、巻末に記載されている〈主な参考文献〉もおもしろいですね。
(北代靖典)

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