津村記久子著「浮遊霊ブラジル」(文藝春秋)

2017年11月6日

fuyu-Brazil津村記久子の最新刊、『浮遊霊ブラジル』を読みました。「第39回川端康成文学賞受賞」「第27回紫式部文学賞受賞」と書いてあったからです。帯には「卓抜したユーモアと鋭い人間観察。会心の短編集!」とあります。

「給水塔と亀」「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」「アイトール・ベラスコの新しい妻」「地獄」「運命」「個性」「浮幽霊ブラジル」の全7編。

著者は数々の賞を受賞しています。『マンイーター』で第21回太宰治賞、『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞、09年には『ポトスライムの船』で第140回芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で第39回織田作之助賞。そして13年、『給水塔と亀』で川端賞です。

短編集なので、すごく読みやすく、「地獄」と表題作の「浮遊霊ブラジル」が特におもしろかったです。

「地獄」はバス事故で亡くなった主人公の私が文字通り地獄に落ちた話です。

「地獄でこなさなければいけない試練プログラムのサイクルが厳しい時などは、自分にあてがわれたタスクを処理するので手一杯なので、まあ、身が引きちぎられるほどではない。他の地獄のことはわからないが、私のいる地獄は、かなり忙しい方だと思う。忙しいというか、目まぐるしい。それは私が現世で背負った業のせいなのだが。」(本文より)

私が落ちた地獄は“物語消費しすぎ地獄”というところで、何ともユニーク。鬼も出て来るんだけど、怖い鬼ではない。不思議な物語です。

「浮遊霊ブラジル」は、アイルランドへの旅行が心残りで死んでしまった男の話。これも、霊になった私が主人公で、ユーモアたっぷり。

書き出しはこんな感じ。

「私はどうしてもアラン諸島に行きたかったのだけれども、生まれて初めての海外旅行に行く前に死んでしまったのだった。七十二歳だった。自宅で心不全で倒れているところを、ヘルパーの大園さんに発見され、葬式や何やがあった後、私は灰にされてしまった。」

「私は自分でも思ったよりアラン諸島に行きたかったようで、そのためスムーズにあの世に行くことはままならず、幽霊として現世にとどまることになってしまった。」

幽霊になって、いろんな人間の身体に入り込み(耳から入るんですけどね)、ついには目的を果たすというストーリーです。難しい文体ではないんだけど、極めて優れた文章です。
発想がまた独特で、個性的です。

さて、川端賞受賞作「給水塔と亀」。会社を定年退職した初老の男性(私)の一人称で、地味な内容ですが、不思議な味わいでした。

「寺の門を出ると同時に、前の建物から漂ってくる濃い水蒸気が喉に詰まった。私は、それが何由来のものかを知っている。うどんである。私の両親を弔っている寺の前には、うどんの製麺所があるのだった。」(本文より)

こんな書き出しです。味わい深い短編ではあるけれども、川端賞受賞作というのは、よくわからない。川端康成のように特に美しい文体でもないし、これが受賞作?と思ってしまった。といっても、こんな短編が書けるかというと、簡単ではないでしょうね。
志賀直哉や川端康成といった文豪が魂を込めて作品を描いていたとしたら、この作者は気軽に、気負いもなく、楽し気に描く(そう思える)。でも、その才能は文学の最先端なのでしょう、きっと。
(北代靖典)

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