石原慎太郎著「天才」(幻冬舎)

2016年6月15日

ishihara-shintaroこのところ、田中角栄本が売れているようです。新聞などでも、特集が組まれていたり、ちょっとしたブームと言えるのかもしれません。そこで、石原慎太郎著『天才』を読んでみました。芥川賞受賞作の『太陽の季節』は今でもたまに読みます。この作品には若々しい情熱が漲っていますが、ただ、当時は評価がわかれ、賛成派と反対派に意見が割れたそうですけど…。

さて、新刊です。本作を読んだ理由は、ちょっと別のところにありました。ある会社の社長さんから、「文字が大きいし、章立てがない。それが売れている理由でもあるんと違うか」と聞き、それで興味を持ったのです。
確かに、ほかの単行本と比べると、文字のポイントが大きいです。行間も広いし、すらすら読めます。そして目次も、章立てもありません。したがって、最初から読まないといけませんし、何が書かれているのか、読んでみないことには、わからないんですね。

う~ん、これは著者の戦略か。出版社の意向なのか。章立てもなければ、文中に小見出しなども一切ない。こんな単行本は珍しい。というか、当方は心当たりがないですね(知らないだけかも)。

もちろん気になるロッキード事件のことも書かれています。
田中角栄の一人称のスタイルですが、本人(石原)の意見も多分に含まれているような気がするし、文章は小説ではないので、ちょっと稚拙かもしれません。すぐに読めちゃいますからね。すでに70万部突破。結局、こういう読みやすい本が売れるのです。

「長い後書き」で、こう書いています。

「私は自分の回想録にも記したが、人間の人生を形づくるものは何といっても他者との出会いに他ならないと思う。結婚や不倫も含めて私の人生は今思えばさまざまな他者との素晴らしい、奇蹟にも似た出会いに形づくられてきたものだった。
 そう思えば、自ら選んで参加し、長い年月を費やした政治の世界での他者との印象的な出会いはさして思いあたりはしない。私をむしろ若い友人として周りから見れば多分稀有なる付き合いをしてくれた佐藤栄作にしろ、私を重用して異例の抜擢で閣僚に据えてくれた福田赴夫にせよ、田中角栄ほど異形な存在感などありはしなかった。その才気もある意味では常識的な域を出はしなかった。
 いずれにせよ、私たちは田中角栄という未曽有の天才をアメリカという私たちの年来の支配者の策謀で失ってしまったのだった。歴史への回顧に、もしという言葉は禁句だとしても、無慈悲に奪われてしまった田中角栄という天才の人生は、この国にとって実は掛け替えのないものだったということを改めて知ることは、決して意味のないことではありはしまい。」
天才・田中角栄のことがわかる一冊です。

(北代靖典)

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