こだま著「夫のちんぽが入らない」(講談社文庫)

2019年6月25日

こだま著「夫のちんぽが入らない」(講談社文庫)

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話題になっていたので、文庫化されたのを見つけてすぐに購入しました。いや~、衝撃的なタイトルです。こだま著『夫のちんぽが入らない』(講談社文庫)です。これ1冊だけ買うのが恥ずかしくて(そんな初心な歳ではないけど)、というか、女性店員に「あ、この人は今からこの本を読むんだ」なんて思われるのが嫌で、いや、そんなことはつゆほども思わないだろうけれど、まあ、売上げに協力するのもいいかなと、『会社員が消える 働き方の未来図』(文春新書)と2冊買いをしたのでした。

馬鹿だなあ。そんな葛藤をして。

 

「カバーはおつけしますか?」

「はい」

さて、カバーのついた『ちんぽ』ですが、読みだしたら、面白すぎて止まらなかった。

 

いきなりだが、夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない。

 

驚きの告白から始まる物語ですが、全編、〝私〟の夫に対する愛情にあふれている。読んでいて、微笑ましかったり、笑いそうになったり、時に感動してうるうるしたり。この夫婦の二十年の物語は、内容も衝撃的でありました。

凝った文章ではないのに、読みやすく、巧みな文章です。うまいなあ。「おそらく一生に一度しか書けない文章」だと言われたそうだけれど、確かにそう思う。

 

特別収録文庫版エッセイ「ちんぽを出してから」――作者は、この私小説についてこう記している。これがまた傑作です。

 

「なぜ『ちんちん』や『ちんこ』ではなく、『ちんぽ』なんですか?」

出版後、そう訊かれることが多い。

この夫婦間の性問題を語るには、どうしても作中で男性器名を書かなければいけない。核となる問題だから何度もしつこく出てくる。「夫のアレ」などと変にぼかすのは、かえってむずむずする。「夫の男性器」では文章が重い。

いっそ一番ありえない表現がいいんじゃないか。自分が絶対に使用しない単語がいい。

そうして行きついたのが「ちんぽ」だった。

(中略)

完全に余談であり、主観なのだが、「ちんちん」と「ちんこ」は小さい印象がある。子供っぽさを感じる。それに比べて「ちんぽ」は大きい。堂々としているように思う。「ぽ」という響きはどこが間が抜けている。性交がうまくいかない私たちに合っているような気がした。そして、「チンポ」ではなく「ちんぽ」のほうが温かみを感じる。これもまた主観だ。

 

物語は、〝私〟が東北の地方都市にある大学に通うため、その町の古風なアパートに引っ越してくるところから始まります。私は純粋で、田舎育ちの、真面目な、世間知らずな女性です。

以下、重要な部分を抜粋して紹介します。

 私は入居した日に最初に声を掛けてくれた青年と、のちに結婚することになる。

 

この青年も、すがすがしくて、好感が持てます。同じ大学に通うその青年と付き合いが始まり、まもなく、ちんぽを入れる日が来ます。

 

でん、ででん、でん。

まるで陰部を拳で叩かれているような振動が続いた。なぜだか激しく叩かれている。じんじんと痛い。このままでは腫れてしまう。今そのふざけは必要だろうか。彼は道場破りのように、ひたすら門を強く叩いている。

やがて彼は動きを止めて言った。

「おかしいな、まったく入っていかない」

「まったく? どういうことですか」

「行き止まりになってる」

これを読む限り、女性の側に問題があるのかと思ったが、彼女は処女ではなかった。高校2年のとき、一度だけ経験があった。そのときは入ったのだった。

こうして何度も挑み、血を流しながら、ちんぽを入れようとするが、まったく入らない。

「どうしてだろうね」と言っては手や口で出す日が続いた。私にできることはそれくらいしかない。農作業のようであった。

そして、ほどなくして私は、このちんぽが入らない人と結婚した。

 

 

私はやがて小学校の教員になるのですが、学校崩壊が起こり、気持ちがどんどん沈んでしまい、ついに自殺まで考えるようになります。心が病んでいきます。そしてそんな時、インターネットの掲示板を通して、名前も知らないおじさんたちと会うように……。会って、肌を重ね合うと、きちんとちんぽが入るのです。これもまたちんぽの七不思議。

一方の夫も、性欲発散のために風俗店に通っていて、それを私はお店のスタンプカードを発見して知ってしまいます。でも、夫に文句は言いません。

夫も大学卒業後は教員になるのですが、学校問題などで、やがてパニック障害の病気に陥ります。2人に様々な試練が訪れるわけだけれど、でも、2人は決して破綻することなく、別れることもなく、何もかも超越したような慈愛に包まれて暮らしているのです。一度だってつながっていないのに。

この関係性が、読むほどに、じわじわと妙な感動として伝わってきます。こんな夫婦もいるのだと、感慨深い思いにとらわれます。素晴らしい夫婦だなって。

この本に出合えたことは、なんか、嬉しかったというか、幸せな気分になれました。でん、ででん、でん。

著者【こだま】 主婦。2017年1月、実話を元にした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。たちまちベストセラーとなり、「Yahoo!検索大賞2017」小説部門賞を受賞。同作は漫画化、連続ドラマ化された。二作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』(太田出版)で第34回講談社エッセイ賞、本作で「Yahoo! 検索大賞2018」小説部門賞受賞。

(北代)

 

 

 

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