ピエール・ルメートル著「悲しみのイレーヌ」 (文春文庫) – 2015/12/5

2016年2月25日

kanashimi-irenu大型書店で平積みになっていたので、早速、購入した文庫本です。あの、『その女アレックス』の著者の新作、『悲しみのイレーヌ』」です。著者は2014年に刊行された第4作目の『その女アレック』でいきなりベストセラー作家になりました(ブックレビューで紹介済み)。今回は第5作目かと思ったら、さにあらず。実はデビュー作なんです。第2作目の『死のドレスを花婿に』も刊行済みですが、デビュー作が今頃になって翻訳されて書店に並んだわけです。このことについては、本書の解説を読むまで当方も知りませんでした。

なぜこんなことを最初に書くかというと、ネタばらしが含まれるからです。
『悲しみのイレーヌ』の主人公は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部。パリ警視庁犯罪捜査部に属する刑事です。タイトルにもあるイレーヌはカミーユ警部の妻です。『その女アレックス』でも犯罪の捜査にあたるのは同じカミーユ警部。身長145センチの超小柄な刑事だけど、かなり魅力的な人物で、頭もキレます。こんなキャラは珍しいでしょう。

「ルメートルの作品を読むと、まず胸がざわざわする。
小説は波乱に満ちている。次から次に事件が起これば、読者は眠気を吹き飛ばされ、退屈するどころではなくなる。しかし、ルメートルはそういった遊園地的アトラクションを読者に与えるだけで到底満足できない書き手だ。」

解説者もこのように紹介していますが、至極同感。本当に波乱に満ちた物語です。作品のボリュームのつけ方や謎の多さなど、読み手は加速度的に作者の描く世界に引き込まれていく。ちなみにコニャック・ミステリー大賞など複数の賞を獲得しています。

さて、物語です。
悲惨極まりない手口で殺された2人の女性の捜査から始まり、その後も次々と殺人事件が起こる。その殺され方が異常なのですが、やがてその手口がいろんな作家のミステリー小説を再現したものだとわかる。

たとえば、「ブラック・ダリア」「ロセアンナ」などです。「ブラック・ダリア」は当方も何作か読みましたし、映画も観ました。「ブラック・ダリア」の話が途中で出たときには、当方も驚きました。だって一時期、当方もブラック・ダリアの資料を集めていましたから。(この事件については興味がある方は調べてみて下さい。腹部が真っ二つに切断され、口が耳まで裂けた売春婦の遺体が発見されるという、トンデモない未解決事件です。実話です)。
著者は55歳のデビューだそうで、おそらく豊富なミステリー読書体験があって自作執筆に臨んだのでしょう。解説文にもそのことが書かれており、同感です。

本作では、犯人の匂いのする人物(ミステリー通の書店主)がいて、終盤になって、案の定、捕まるのです(といっても容疑者として。要は参考人として取り調べを受ける)。

読者は(少なくとも当方は)、ああ、やっぱり、犯人はこいつだったか、と思うのです。ところがどっこい、この人物は犯人ではなく、容疑が晴れるのです。
あれ?違ったか?
いったい、犯人は誰なのか。

そして最後、なんと、警部の妻イレーヌが誘拐される。誘拐者は真犯人です。これが意外な人物です。いったいどんなミステリー作品の殺害シーンを真似るのか。ようやくその原作となる小説が見つかる。それを読むと、誘拐された女は、確実に殺害されるのです。結末は極めて残酷です。これはちょっと…、と思っちゃいましたね。真犯人がこんな事件を起こした理由も判明しますが、その動機については納得できましたけど……。

個人的な意見ですが、『その女アレックス』の方がはるかにおもしろかった。本作は結末がわかっていたからかもしれません。やはりこのデビュー作を先に読んだ方がいいでしょう。だって『その女アレックス』ではイレーヌは出てきません。過去が語られるだけです(意味、わかるでしょ?殺害されるのです!)。

それにしても、なぜこんな結末を用意したのだろう。おそらく小説を書き始めた段階で、この結末を用意していたはずですからね。作者に聞いてみたいです。

(北代靖典)

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