ピーター・スワンソン著、務台夏子訳「ケイトが恐れるすべて」(創元推理文庫)

2019年10月27日

ピーター・スワンソン著、務台夏子訳「ケイトが恐れるすべて」(創元推理文庫)

ケイトが恐れるすべて画像

文庫本の新刊です。カバー帯には、こうあります。
真相が明かされた瞬間、驚愕で震える!〈このミステリーがすごい!〉海外編2位
『そしてミランダを殺す』の著者が放つ傑作!
最近、文庫本も高くなっちゃいましたね。定価1100円です。『そしてミランダを殺す』はアマゾンで中古本を買いましたが、これは新刊なので書店で購入しました。
まあ、それはいいんだけど、内容はと言うと……。

ロンドンに住むケイトは、又従兄(またいとこ)のコービンと住まいを交換し、半年間ボストンのアパートメントで暮らすことにする。だが新居に到着した翌日、隣室の女性の死体が発見される。女性の友人と名乗る男や向かいの棟の住人は、彼女とコービンは恋人同士だが周囲には秘密にしていたといい、コービンはケイトに女性との関係を否定する。嘘をついているのは誰なのか? 想像を絶する衝撃作!
(カバー裏の紹介文より)

確かに衝撃作でした。

殺人事件は冒頭に起こります。
通常のミステリー小説なら、殺人事件を警察が調べるわけですが、本書はそういう小説ではありません。犯人捜しはなかなか始まらないのです。
ん?なんだ、なんだ。
この長編は、主人公のケイトを中心に、さまざまな登場人物の語りによって構成されていますが、そうした登場人物の物語でもあります。

まず死体が発見されるのは、ボストンのコービンが住むアパートです。またいとこのコービンと半年間部屋を交換して、ケイトがロンドンからやってきた翌日のことです。死体発見とともに、本書の幕が開きます。

でも、そこから始まるのはケイトの物語。タイトルにもあるように、このヒロインはずっと何かを恐れている。何かに怯えている。そして過去の出来事がわかりやすく、丁寧に描かれていきます。これが読ませます。

さらに、コービンの過去も描かれますが、これも凄まじい。とんでもない日々で、読むほどに、どんどん引き込まれていくのです。
おおっ、ええ~、という衝撃もありました。

もちろん捜査にあたる刑事も登場します。刑事の視点でも、しっかりと物語は展開していきますが、何よりも、怪しげな人物が次々と現れ、きわめつきはサイコパスのような男。いやはや、この男は実に気味が悪い。

内容は、またいとこと住居を交換した女性を襲う、想像を絶する事件の物語です。構成が秀逸で、読み応えがあり、最後までノンストップ。物語から目が離せません。

最近は本格的な警察小説が流行りですが、筆者なんかはむしろこういうスタイルの小説が好きです。ミステリー小説を書こうとする人も、この長編は参考になりますよ。
『羊たちの沈黙』のようなサイコ・サスペンスではないけれども、『ゴーン・ガール』のような、いや、懐かしいサイコ映画の雰囲気を漂わせているものの、まったく新しいサスペンスものと言えるかもしれません。

また、生まれてからずっと不安障害に悩まされ続けているケイトは、実に読書好きなのですね。

しかしつぎの夜、彼女はいつもの場所、あのカウチにいて、『虚栄の市』を読みながら、ときおり携帯をチェックしていた。ショートの髪のひと房をしきりと指にくるくる巻きつけ、落ち着かない様子だった。

こんなふうに、さりげなく、小説の名前だけが出てくる。『ねじまき鳥クロニクル』の名前が出てきたのには驚いたけどね。

解説を読むと、元々はロマンティック・コメディーにするつもりだったらしい。
実は本書のアイデア自体は、十五年前に思いついたものの、どうにもしっくりとせず放置していたところ、あるとき、恋愛よりも殺人に向いていると閃く。
作者は筋金入りのミステリ・ファンだそうで、〈窃視者が登場する小説〉〈サイコ・スリラー〉〈作家が主役のスリラー〉〈殺人者が語り手の小説〉等のテーマで、お気に入りの映画と小説についていくつも記事を書いているそうです。

なるほど、本書でも『裏窓』的な覗き見が趣味の人物が登場し、これまた事件と深くかかわっています。さらに終盤、犯人との〝対決〟もしっかり描かれ、手に汗握る展開です。

特異な読書体験ができます。おすすめの一冊です。
(北代)

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