2016年5月28日
ある知り合いの作家と喫茶店で珈琲を飲んでいるとき、一冊の本の話になりました。
「最近、読んだ本の中で、『世界から猫が消えたなら』というのがある。売れてるというので、読んでみたけど、ぜんぜんつまらない。これが売れてる理由がわからない。でも今の時代、こういうのが売れるんやなあ」
そこで、当方も本屋で購入して読んでみました。最近映画化にもなっているし、本の帯に「120万部突破」と書いてあります。100万部超えですから、確実に売れていますね。ちなみに知り合いの作家は、純文学系の小説を多く書かれている方です。
読み始めると、本当に簡単に読めてしまう本でした。5、6時間か。それくらいの時間があれば、充分でしょう。当方は気になる文章にはボールペンで線を引いたりしていますが、そういう箇所もとくにありません。
内容は以下。
- 月曜日 悪魔がやってきた
- 火曜日 世界から電話が消えたなら
- 水曜日 世界から映画が消えたなら
- 木曜日 世界から時計が消えたなら
- 金曜日 世界から猫が消えたなら
- 土曜日 世界から僕が消えたなら
- 日曜日 さようならこの世界
本作の書き出しはこんな感じ。
【世界から猫が消えたなら。
この世界はどう変化し、僕の人生はどう変わるのだろうか。
世界から僕が消えたなら。
この世界は何も変わらずに、いつもと同じような明日を迎えるのだろうか。くだらない妄想だ、とあなたは思うかもしれない。
でも信じて欲しい。
これから書くことは僕に起きたこの七日間の出来事だ。
とても不思議な七日間だった。そして間もなく、僕は死にます。
なぜこうなったのか。その理由について、これから書いていこうと思う。
きっと長い手紙になるだろう。
でも最後まで付き合って欲しい。そしてこれは、僕があなたに宛てた最初で最後の手紙になります。
そう、これは僕の遺書なのです。】
主人公の「僕」は郵便配達員で30歳。脳腫瘍、グレード4。余命は長くて半年、ともすれば1週間すら怪しいという。要は医者から余命宣告された、病気で死んでしまう人物です。そんな中、ある日突然、目の前に悪魔が現れ、「世界から何かを消すことで、1日、長く生きられる」という契約みたいなものを持ち掛けられます。すると、僕は「生」を選んで、1日目に「電話」を消します。世界から電話が消えたけど、僕は1日生き延びる。2日目は「映画」を消す。そしてまた1日、生きるのです。
「何かを得るためには、何かを失わなくてはならない」
そんな寓話になっています。
僕は猫を飼っています。猫が大好きなわけですが、次は猫か。最後は僕が消えます…。
「僕と猫と陽気な悪魔の、忘れられない7日間の物語」です。
素晴らしい構成です。このアイデアには、脱帽しました。
解説で、中森明夫は書いています。
【これは、すごい小説だ。特別な物語だ。】と。
著者は、映画プロデューサーで、『告白』『悪人』『電車男』等を大ヒットさせた。映画原作を探して年間500冊を読んだそうです。
売れる本には、必ず新鮮な空気、新しい雰囲気、新しい世界の構築があります。読みやすい、わかりやすい文体というのもあるかも知れません。あっという間に読了し、それでいて物語がしっかり頭に残りました。
どんでん返しもあります。恣意的などんでん返しとは言えないかも知れません。だって「世界から猫が消えたなら」と言っておきながら、「猫」は消えませんから。心憎い展開でしょう。
秋元康は、こう言っています。
【さらりと、凄いことを書いている小説だ。頭で考えた文章ではなく、感じるままに書きなぐった言葉が、ストレートに突き刺さる。川村元気の小説は、音楽だ。】
なかなか素晴らしい物語です。
確かにこの文体は、作者が選んだものではなく、思いつくままに書いていったら、こうなったという感じです。意図してはいないでしょうけど、わかりやすく、読みやすい文章です。
ただ、特別に上手いかというと、決して上手くはなく、小説の域に達していない、という批判的な読者もいるかも知れませんが、たまにしか本を読まない人には肩が凝らないし、最適と言えるでしょう。
この本は、もっと売れますね。普段、本を読まない人がさらにどんどん読むに違いありません。タイトルも実にいいです。それと、やっぱり「猫」です。猫だからこそ、売れているとも言えます。
今の時代、売れる小説とは何か?
それがよくわかります。しかし、次回作も、次々回作も売れるかというと、かなり疑問ですが…。(いや、100万部以上売れれば、御の字だけどね)
小説の感想は人それぞれですが、「新鮮な空気」は、簡単に編み出せるものではありません。強くそう思いました。
(北代靖典)
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