斉藤章佳著「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)

2019年7月3日

斉藤章佳著「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)

男が痴漢になる理由

最近、性犯罪絡みの単行本をけっこう読んでいます。

犯罪者の生い立ちや行動については、興味がつきないわけだけれども、今回は痴漢のお話。この本の著者は精神保健福祉士・社会福祉士、大森榎本クリニック精神保健福祉部長。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。(著者プロフィールから抜粋)

構成は第1章から第8章まで。

第1章 四大卒、会社員、妻子あり――痴漢はどういう人間か

第2章 多くの痴漢は勃起していない――加害行為に及ぶ動機

第3章 「女性も喜んでいると思った」――共通する認知の歪み

第4章 やめたくても、やめられない――亢進される加害行為

第5章 反省も贖罪もない加害者たち――断トツに高い再犯率

第6章 痴漢しない自分に変わる方法――再犯防止治療の現実

第7章 離婚しない妻、自分を責める母――加害者家族への支援

第8章 「STOP!痴漢」は可能なのか――痴漢大国からの脱却

 

皆さん、痴漢男についてどんな印象をお持ちでしょうか。おそらく筆者と同じように「性欲が強くてモテない男」のようなイメージではないでしょうか。しかし、これは的外れなのです。

逮捕された痴漢男の最終学歴は、ある調査で「大卒」が半数を占め、職業も会社員が圧倒的に多いことが判明しています。知的レベルの低い犯罪ではないのです。さらに驚くのは、結婚歴の調査です。

「女性と縁がない人による犯罪」「性欲を抑えきれず犯行に及んだ」と見られがちですが、実は既婚者が半数近いようで、このような考え方は偏見でしかないのです。

「『痴漢=未婚』『痴漢=女性に縁がない』という決めつけは乱暴です」と、著者も言っています。

もっと、驚いたのは、「多くの痴漢は勃起していない」ということ。これはさすがに筆者も信じられない。そんなことがあるのか?

本のなかで、痴漢加害者約200名への聞き取り調査の結果を紹介しており、これは興味深い。

 【当クリニックが2013年に実施したものです。「痴漢行為中に勃起していたか」という問いに対する回答の割合は、次のようなものでした。

・行為中に勃起している=約3割

・行為中に勃起していない=約5割

・どちらの場合もある=約2割】

 

ただし、自己申告なので、信憑性と妥当性にはやや問題のある調査だとしたうえで、「痴漢の半数は勃起していない――私が再犯防止プログラムにおいて多くの痴漢と面談してきたなかで得られた実感とも合致します」と著者は述べている。

 【少数派ではありますが、電車内での痴漢行為後に駅のトイレなどでマスターベーションをして気持ちをリセットする、というケースも見られます。これによって、自分にとっての痴漢行為が〝完結する〟と感じているようです。】

 

では、いったい、なぜ痴漢をするのか。逮捕されるかもしれないというリスクを背負いながら、なぜ実行してしまうのか。

どうやら、痴漢行為とは、「なんとなくはじまる」ものらしい。重大な決意も覚悟もなく、痴漢への扉を開いてしまうようです。痴漢行為は、〝ストレスへの対処法〟なのだけれども、対処法がカラオケでもなく、スポーツで汗を流すのでもなく、釣りでもなく、お酒を飲むことでもなく、ストレスへの〝コーピング〟(対処行動)が痴漢だということです。

筆者なんぞは単純に「風俗でも行って発散すればいいのに。そうすれば痴漢加害者にはならないだろう」と思ってしまうのだが、実は調査で風俗遊びもやっていることがわかっているのです。つまり、何らかのストレスの発散行動、それがひたすら痴漢だということ。だから何度も、逮捕されるまで、ひたすら実行するわけです。

また、離婚しない妻、自分を責める母も、わかる気がします。「痴漢しなければいい夫」なのですから。しかも、夫は最初は「あれは冤罪だ。認めないと、家に帰してもらえないから認めただけ」などと言うケースが多いようで、当然、妻は夫を信じる。だから妻は離婚をせず、家庭を維持することで望みをつなぐ。でも、また捕まるかもしれません。

 

「離婚をせず生活を共にする場合も、自分の人生と夫の人生を切り分けながら、夫婦としての回復が見られるようになります。(中略)けれど、性生活の再開は望めないようです。女性に性暴力をふるって傷つけた夫に対して性的な嫌悪感を覚える妻は少なくありません。しかし日本人夫婦の約5割がセックスレス状態にあると言われる現代、性生活がないまま夫婦関係を維持して行くことはそれほど問題にはなりません。そもそも事件を起こす前からセックスレスだったというケースも多く見られます。」

 

痴漢は、逮捕されなければ止まらない。その逮捕者も一部です。実際はもっともっと多いに違いない。最後の章では、痴漢撲滅についても、著者は触れています。痴漢加害者の実態がわかる本だと言えますね。

余談ですが、かつて筆者は大阪府警の鉄道警察隊の取材で、同行させていただいことがあります。地下鉄御堂筋線の通勤時間帯でしたが、鉄道警察隊は確か男性2人、女性3人の5人のチームだったと思います。

梅田駅でしばらく張り込み。30分ほど何も起こりませんでした。ところが、警察隊の1人が「あの人物、さっき(梅田駅から)乗り込んだんやけど、また戻ってきた」と耳打ち。

なんと、15分ほど前に満員電車に乗った男(30歳前後)が再び梅田駅に戻って来たというのです。はあ、マジですか?

確かにその男は周りをきょろきょろと見て、獲物を物色している感じでした。15分前に電車に乗った男がまた戻ってきて、しかも、駅から出て行かない。これはどう考えても怪しいでしょう(もちろん筆者にはさっぱりわかりませんでしたが)。

間もなく天王寺行きの電車が到着すると、「乗り込みますよ」と言われ、警察隊が別々の車両から一斉に満員電車に乗り込んだのです。そしてあっという間に、その男がいる車両へ。筆者も何とか移動しました。

そして!

2駅目の本町駅で、その男を痴漢の現行犯で逮捕したのです。

ええ? 現行犯逮捕?

男を取り押さえ、駅長室へ連行です。筆者も同行しました。

被害に遭ったのは、清楚な、大人しそうな、かわいい女性でした。紺色の短めのスカート、上は白いブラウス姿で20代前半のOLさんでした。

男は犯行を認め、その場で被害女性に謝罪しました。警察官に訴えるかどうかを聞かれた女性は、「反省してもらったら訴えることはしません。二度とこういうことはしないでください」と言いました。

男はなんと大学院に通う高学歴の人物でした。きっと、痴漢常習者でしょう。女性は触られているのはわかっていましたが、声も出せず、黙っていたそうです。正直、魅力的な女性で、しかも泣き寝入りしそうなタイプなので、男が狙ったのもわかる気がしました。

あとで聞いたのですが、警察隊の5人は男の背後にぴたりと張りつき、観察していたと言います。いや~、警察官って凄いな、とつくづく思っちゃいましたね。

この本を読んで、そんな古い過去の取材を思い出しました。

(北代)

 

 

 

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