スー・クレボルド著、仁木めぐみ訳「息子が殺人犯になった」(亜紀書房)

2018年5月25日

スー・クレボルド著、仁木めぐみ訳「息子が殺人犯になった」
(亜紀書房)

画像・息子が殺人犯になった

もしも、息子が殺人犯になったら、親は一体どんな人生を歩むのでしょう。殺人犯の手記やノンフィクションの類はあまた出版されていますが、本作は殺人犯の母親が著したものです。しかも、大量殺人です。息子に兆候はなかったのか、家庭環境はどうだったのか。母親の苦悩がリアルに描かれ、胸を打ちます。

私は何を見落としたの?
死者13人、重軽傷者24人、犯人2人は自殺。
事件の一報を知ったとき、母が心の中で神に願ったのは、息子の死だった。

わが子が惨劇の犯人になったとき、親の人生もまた残酷に断ち切られる。著者が想像を絶する喪失と加害責任を引き受けてゆく過程や、それでもわが子を否定しきれない孤独な葛藤は、神を前に正しくあることを求める善きアメリカの、息苦しいほどの理性の姿である。――髙村薫氏
(本の帯から)

1999年4月20日、午後12時5分。コロンバイン高校で銃乱射事件が発生した。犯人の1人、ディラン・クレボルドは著者の息子。このコロンバイン高校銃乱射事件とは、当時同校の4年生で卒業を間近に控えていた2人の少年、エリック・ハリスとディラン・クレボルトが周到な計画に基づいて起こした無差別殺人事件。

犯人の家庭に問題があったのでしょうか。誰もが、いや、少なくとも筆者は、家庭に問題があったと思いました。
「私はずっと自分は善良な市民であり、よい母親であると思っていたのに、いまでは史上最悪の母親としてさらし者になっている。」と書いています。「夕食には家族全員でテーブルを囲まなくては」というタイプの親だったし、「お友達のおうちにお泊まりに行くなら、その前にお友達とそのご両親にご挨拶したいわ」というタイプの親だったとも、振り返っています。

しかし、当然ながら、世間の反応は違います。

「この少年は狂っている。本当に怒りで頭が沸騰している。彼はひどく残虐な犯罪を計画して実行し、その後自殺して死んだ。彼の親はひどく無能だとしか思えない。こんな人間と同じ屋根の下に住んでいて、危険人物だとわからないなんてあり得ない。」(本文から)

息子の変調をどうして気づかなかったのでしょうか?

「もちろん私はこの問いを昼も夜も自問し続けた。どんなに想像をたくましくしたとしても、自分たちが完璧な親だとは思ったことはない。けれど強い絆があったから、何か問題があったら、それもとてつもなく大きな問題があったら、直感でわかると思っていた。ディランの考えや気持ちのすべてを知っていたというのではない。ただ、彼になにができて、なにができないかはわかっているとうぬぼれていた。そして完全に間違っていた。」

ディランがうつなど脳の疾患を抱えていたせいで、自殺願望を持っていて、その死にたいという気持ちが、犯行への加担の本質的な原因になったのだということが、やがてわかってくるのです。

犯人は二人。主犯格はディランの友人です。ディランには自殺願望があったため、犯行に加わり、事件のあと自殺しました。目的を果たしたのです。

ディランは日記を残していました。そして彼女は日記を読んで泣きます。

「彼は死ぬ二年も前から、絶望した気持ちや、自殺を考えていることを記していた。信じられない。彼を助ける時間はこんなにあったのに、私たちはなにもしなかった。私は彼の文章を読んで泣いて、泣いて、泣いた。」(本文から)

本書には、大学の臨床神経生理学者などのコメントも、ふんだんに紹介されています。

【あなたがなにかしたから、あるいはしなかったから、ディランがあの事件を起こしたわけではない。
あなたはディランの苦しみを「見落として」いたわけではない。彼は非常に注意深く隠していて、自分の内面をあなただけでなく、身近な人すべてに意図的に隠していた。
最期の頃には、ディランの精神は機能しなくなり、正常な精神状態ではなくなっていた。
精神が機能していなかったにもかかわらず、彼の元々の人間性は残っていて、襲撃の際、少なくとも四人を逃している。】

ディランは学校で、いじめにも遭っていました。

【いじめと脳の疾患には子ども時代にいたるまでずっと相関関係があることは明白だ。デューク大学の研究によると、いじめられた子どもはいじめられなかった子どもに比べて、成人してから高所恐怖症、広い意味での不安症、パニック障害にかかる割合が四倍以上だ。いじめた方は反社会性人格障害になる可能性が四倍高い。】

【ディランは思春期に入るとともに、ストレスが手に負えないほど大きくなり、統合失調型人格障害へと進行したのだ。】

それでも、犯人が育ったのは、ごく普通の家庭だったのです。裕福でもなく、貧しくもなく、どこにでもある中流家庭。つまり、家庭に問題がなくても、こういう犯罪者が生まれるということです。家族の誰もが気づかないままに……。

本書を読み終えて、つい最近起こった「新潟・女児殺害事件」のことを思いました。容疑者は「おとなしく、真面目な会社員だった」と言われています。母親もまさか息子が逮捕されるとは想定外だったでしょう。母親の苦悩はこれから生涯にわたって尽きません。いや、家族全員の人生が残酷に断ち切られてしまったのです(もちろん被害者側も)。

日本には加害者家族の支援組織もあります。殺人犯より酷い目に遭うのはその家族とも言えます。宮崎勤の父親の自殺や、秋葉原通り魔事件(2008年6月、7人が死亡、10人が負傷)の弟の自殺など、自身の境遇に耐えかねて自殺するケースも多いようです。

殺人犯の母は何を思うのか。どう人生が変わるのか……。

一読をすすめます。

(北代靖典)

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