中村文則著「あなたが消えた夜に」

2019年2月23日

ブックレビュー・あなたが消えた夜に画像中村文則著「あなたが消えた夜に」(毎日文庫)

 

分厚い文庫本ですね。中村文則著『あなたが消えた夜に』(毎日文庫)です。本の帯に〈圧倒的、人間ドラマ 衝撃の「あなた」の正体。この結末に、誰もが息をのむ。〉とあります。この作家の小説は好きなので、新刊を読んでみました。

本の解説に、

【連続通り魔殺人事件の容疑者〝コートの男〟を追う所轄の刑事・中島と捜査一課の女刑事・小橋。しかし、事件はさらなる悲劇の序章に過ぎなかった。〝コートの男〟とは何者か。誰が、何のために事件を起こすのか。男女の運命が絡まり合い、やがて事件は思わぬ方向へと加速していく。闇と光が交錯する中、物語の果てにあるものとは。】

とあります。

第一部、第二部、第三部、エピローグという構成です。

書き出しは、こんな感じ。

 【「なんで驚いてるの?」

「……え?」

まだ小さかった僕の前で、家が燃えている。

強く吹く風で火花が散り、柱が崩れ、巨大な炎が揺れながら上がる。集まっている人々の顔を、陽が赤く照らしていく。

「……だから、なんで驚いているの?」

一緒にこの場に来た少年が、僕にもう一度聞く。大勢の野次馬から隠れるように、僕達は車の陰に座り込んでいた。髪がいつも乱れていた少年。彼は何て名前だったろう? いや、覚えている。自分は忘れた振りをしている。僕はようやく口を開く。振り絞るように。

「だって、僕の家じゃないか」

消防車の放水の先から黒い煙が上がっていく。燃えた壁の欠片がこちらへ飛び、人々の輪が後退する。他人の不幸を見る高揚が、野次馬達を騒がしくしていく。悪意のある祭のように。高い音がリズムを刻み込むみたいに、なぜか頭の中に響き始める。

「そうだね、きみの家だよ」

「どうして? なんできみはここに……え?」

彼の手を見る。ライターが握られている。

「まさか、……きみが?」

「何を言ってるの?」

彼が呆れたように僕を見る。鼓動が速くなる。高い音が頭の中で鳴り響く。家が燃え続ける――。

「きみが望んだことじゃないか」】

 

書き出しから、読者に謎を提示し、ぐんぐん引き込みますね。

物語は、簡単に言うと、連続通り魔殺人事件が起こり、目撃者の証言から、容疑者は〝コートの男〟とされ、所轄の刑事と捜査一課の女刑事が犯人を追うという内容です。ただ、物語はかなり複雑で、登場人物も多く、正直、「ややこしい話だな」と思っちゃいました。

第一部は、所轄の刑事と捜査一課の女刑事が活躍しますが、とくに女刑事のキャラが際立っています。おもしろいです。第二部から人物像が深く描かれ、物語の展開が次第に見えてきます。第三部では、手記という形で、事件の全てが明らかになります。狂気に満ち、痛々しくも精一杯生きた人々の悲しい物語。まさに圧倒的な人間ドラマです。狂気じみた物語ですが、納得はできます。こんな複雑な物語を、実に巧みに、破綻なく、よくもまあ描けるものだと感心しちゃいますね。ただ、第三部は長いです。もっと短くてもいいんじゃないかとも思いましたが……。

第一部が終わり、第二部の頭に〈これまでの事件の被害者・加害者・重要参考人〉が紹介されています。

竹林結城  一件目に被害者。

横川佐和子 二件目の被害者とされていたが、竹林を殺害。

真田浩二  三件目の被害者。スポーツクラブ経営。

高柳大助  四件目の加害者。被害者は軽傷。

米村辻彦  五件目の被害者。精神科医。遺書に自分が〝コートの男〟であること、一件目と二件目について、犯人しか知り得ない情報を記す。

初川綱紀  重要参考人。真田の知人。現在フィリピン。

林原隆大  横川の知人。目撃証言を偽証。

石居・栗原 横川の知人。目撃証言を偽証。

 

横川佐和子はデリバリーヘルスという風俗産業で働く主婦ですが、なぜ働くようになったのかも、しっかり描かれています。そして最後の三人が、なぜ目撃証言を偽証したのかも、やがて謎が解けます。男女の運命が絡み合い、事件は思わぬ方向へと……。そんな展開です。

 

第三部の冒頭にも、同じように〈これまでの加害者・被害者・重要参考人・関係者〉が紹介されています。

ここで新たに、次の人物が加えられています。

科原さゆり  真田の元恋人。

椎名めぐみ  自宅で殺害される。

吉高亮介   椎名めぐみと知り合い、関係を持つ。

間島俊    椎名めぐみと知り合い、関係を持つ。

椎名啓子   椎名めぐみの母。

西原誠一   椎名めぐみの父で元愛人。

小竹原満   奈良県での被害者。車が乗り上げた状態で発見。

そうです。椎名めぐみが重要な役どころです。いったいどんな人生を歩んできたのか。壮絶なドラマと言えます。事件とどうかかわっているのか、読めば読むほど引き込まれていきますね。また、〝コートの男〟は、なぜカギかっこなのか。本当に男なのか。いや、女なのでは? 連続通り魔殺人事件ですが、犯人は1人なのか、複数なのか?

終盤で、犯人の内面に迫る部分は圧巻です。なぜこのような事件を起こしたのか。真相が明らかになります。

中村文則の小説の中では、もっともミステリー要素が強いのではないでしょうか。『去年の冬、きみと別れ』も重厚感のあるミステリーでしたが、もっともっと複雑です。読み応えがありました。(北代靖典)

 

お問い合わせ

お問い合わせ