前川裕著「クリーピー」(光文社文庫)

2016年5月19日

kuripiツッコミどころのない完璧な小説です。いわば、優等生の小説と言えますが、優等生すぎる分、当方には“衝撃”はありませんでした。それでも、これだけ完璧な作品が書ければ、新人賞を受賞できるということでしょう。本作は第15回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作です。『2013年版このミステリーがすごい!』では「新人賞ベストテン(茶木則雄・選)」で第1位となっています。なお、クリーピーとは「ゾッとするような」「気味の悪い」という意味合いの言葉だそうです。

欠点のない素晴らしい文章です。
「微かに扉をノックする音が聞こえた。私は眠りにおちる寸前だった。夢と現の境のようなまどろみのなかで、その音は糸を引くように私の耳孔に浸透し、その薄い鼓膜を振動させた。」

うまいなあと唸ってしまいます。

大和田という学生が犯人に刺されて、やがて死亡する場面の描写もこんな感じです。(主人公の“私”はその現場にいます)
「大和田の顔が一気に青ざめていくのを感じた。荒かった息遣いが消えた。しかし、私はそれが何を意味しているのかさえ、明瞭には意識できなかった。」
文章はここで終わっていますが、「荒かった息遣いが消えた。」の一文で、大和田が死亡したのがわかります。簡潔でありながら、巧みな文章でしょう。

物語の主人公は高倉、50代の大学教授です。高倉は犯罪心理学を専門とし、ときどきテレビにもコメンテーターとして出演している、そんな人物です。高倉は妻と2人暮らし。少し隔離されたような地域にある一軒家に住み、隣には西野家、正面には田中家があります。
物語の前半で、西野家の中学生の娘(西野澪)の発言に高倉と妻は驚愕するのです。

「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」

このあたりから、物語が一気におもしろくなっていきます。刑事も絡むし、複雑な構成になっていて、とくに刑事殺しの犯人は意外な人物です(なんとなくわかるけどね)。この小説のメインテーマは「隣人の不気味さ」でしょうか。隣人の西野家の娘と、父。ずっと長く暮らしているのに、「あの人、お父さんじゃありません」って、どういうこと?
そんな謎が読者をミステリーの世界に誘ってくれます。刑事も、殺されちゃいますしね。

正直な話、本作には欠点がありません。もちろんラストシーンなど、これでいいのかどうか疑問は残りますが、欠点とは言えず、決して悪くありません。

作品に欠点のない理由のひとつは、作者のプロフィールからもわかります。著者は1951年、東京都生まれ。一橋大学を卒業後、東京大学大学院比較文学専攻修了。スタンフォード大学客員教授などを経て、法政大学国際文化学院教授。「小説を書くことを片手間の仕事と考えたことは一度もありません。アカデミズムの世界とは、異質な才能が要求される分野であることも十分に知っているつもりです。その厚い壁を突き抜けることが私の長年の夢でした」と語っています。
日本ミステリー文学大賞新人賞は応募総数が少ないわりに、賞金が500万円、狙い目の新人賞とも言えます。これくらい完成度が高ければ、間違いなく賞を獲れます。その参考にもなると思います。

2016年初夏に映画公開されますが、キャステイングが素晴らしい。なかなかいいですね!

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