新川帆立著『元彼の遺言状』(宝島社文庫)

2022年7月6日

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新川帆立著『元彼の遺言状』(宝島社文庫)を読みました。第19回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作です。
過去にも、大賞受賞作を何作も読んでいますが、さすがに外れがないですね。本作も、綾瀬はるか主演で連続テレビドラマ化されるほど、傑作と言えます。
“新時代のミステリー!”として紹介されていますけど、確かに内容はこれまでに読んだことのない展開でした。

物語は以下。解説文にはこうあります。

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る。」元彼の森川栄治が残した奇妙な遺言状に導かれ、弁護士の剣持麗子は「犯人選考会」に代理人として参加することになった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を勝ち取るべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。ところが、件の遺言状が保管されていた金庫が盗まれ、さらには栄治の顧問弁護士が何者かによって殺害され……。

亡くなった元彼の残した「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言を受け、敏腕弁護士の女性が、依頼人と共謀して巨額の遺産を手にしようとする様子が描かれています。序盤から奇妙な展開で、どんどん読み進められますね。退屈しません。
女性が主人公の小説は、男性の主人公の小説より、映画化やドラマ化になりやすいようです。

ちなみに、第一章から第七章まであります。

第一章  即物的な世界線
第二章  中道的な殺人
第三章  競争的贈与の予感
第四章  アリバイと浮気のあいだ
第五章  国庫へ道連れ
第六章  親子の面子
第七章  道化の目論見

変わったタイトルの付け方です。本編を読まないと、意味がわかりませんね。

さて、どんな文体なのか。書き出しを紹介しておきましょう。

差し出された指輪を見て、私は思わず天をあおいだ。
信夫と私は、東京ステーションホテルのフレンチレストランで、フルコースのデザートを食べ終わったところだった。
「これはどういうつもり?」
 レストランのスタッフが花束を用意しているのを見逃していなかった。
 信夫はわたしの驚いた様子を見て、満足そうに微笑む。
「だから僕と結婚してほし」(←ほしい、ではなく、ほし。印刷ミス?)
「そうじゃなくて」
 がつんと刃を入れるように、信夫を遮った。
「この指輪はどういうつもりって訊いてるの」
 ため息に似た深呼吸をひとつすると、指輪を指さした。
「この指輪、カルティエのソリテールリングよね。定番なのは分かるけど、安直すぎないかしら。それに何より、このダイヤの小ささを見てちょうだい。〇・二五カラットもないようだけど、よくもカルティエでこんな小さいダイヤが買えたわね」
 信夫の顔から血の気が引いていった。(以下略)

書き出しから主人公の性格がよくわかります。主人公は丸の内の大手法律事務所で働く剣持麗子、二十八歳。恋人の信夫が用意した婚約指輪を安物だとして突き返すほど、まあ、お金に執着心があるわけで、主人公の造形づくりは巧みですね。
このあと、気に入らない指輪についてさんざん文句を並べ立て、最後は「さようなら」と言って、立ち去るのです。
あらあら。
なんだこの女、とはならず、強烈なインパクトのある主人公だな、と思ってしまいます。

主人公の剣持麗子は敏腕弁護士でお金に貪欲。最初からそれがわかるわけです。そんな彼女の元彼で大手製薬会社の御曹司の森川栄治が「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」などという、妙な遺言状を残して亡くなるのです。栄治の死因はインフルエンザだとされているのですが、麗子は栄治の友人の篠田から自分が栄治にインフルエンザを感染させた可能性があるから「犯人」になれないかと相談を受けます。
最初はあまり乗り気でなかった麗子ですが、遺産が思ったよりも巨額であることが判明したため、多額の成功報酬を獲得するために、篠田を「犯人」に仕立て上げようと奔走します。そして篠田の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することになるのです。

まあ、物語は奇妙奇天烈な展開ですし、珍しい内容と言えます。「新しい女性エンタメ作家の登場」とも紹介されています。犯人探しのミステリー小説は多いけれども、「犯人を仕立て上げる」ミステリーは、珍しいというか、これまで読んだことがありません。

ところで、作者の新川帆立とはどんな経歴なのでしょうか。

1991年生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』(宝島社)でデビュー。他の著書に『倒産続きの彼女』(宝島社)がある。

経歴を見れば、凄い書き手だなと思います。
補足ですが、作者は弁護士として仕事をしながら、小説を書き始め、デビューの三年ほど前から、山村正夫記念小説講座に通い始めたそうです。最初の一年は多忙のため幽霊部員だったが、二年目から執筆を開始。『このミステリーがすごい!』に応募するも、一次で落選。そこで発奮し、本気でミステリーに取り組んだ本作で、見事大賞を受賞しました。
現在、小説執筆に集中するため、弁護士業は休業中だといいます。

すでに続編の『倒産続きの彼女』も書き上げていますから、順風満帆と言えるのではないでしょうか。

現役の弁護士やら、元警察官やらが書いた小説は、さすがにリアル。新人賞も獲りやすいと言えますが、そういう経歴の持ち主でなくても、気にすることはありません。
要は、これまで書かれていない小説、だれもが読んだことのない小説を書けばいいのです。それが書けないと、新人賞受賞は遠のきます。

では、誰もが書いていない小説とは?

それはいろんな小説を読んで研究するしかないですね。もしくは、あなたのナマの体験談をもとに、変わった物語を構築するとか、方法はいろいろあると思います。現代モノがだめなら、時代小説にチャレンジするというのもありですから……。

本作では、麗子が魅力的で、かつ新鮮です。敏腕女性弁護士という主人公は、他の小説でも描かれていると思いますが、麗子はまったく新しいキャラクターで、新鮮なのです。

新人賞を獲りたいと思っている人には、とくにお薦めです。

(北代)

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