村田喜代子著「飛族」(文藝春秋)

2019年6月1日

村田喜代子著『飛族』(文藝春秋)

飛族

村田喜代子著『飛族』(文藝春秋)を読みました。現代の語り部。常に問題作を発表し、深みのある作品が多いですが、この作品は離島に住む二人の婆さんを巡る物語。イオ(92)とソメ子(88)、たったふたりで暮らしているのです。

書き出しはこんな感じ。

「養生島に住んでいる三人の女年寄りのうち、最年長の南風原ナオさんが九十七歳で亡くなったとき、ウミ子はいよいよ自分の母親を本土に連れて帰るときが来たと思った。

母親のイオさんは九十二歳で独り暮らしをしている。いくらウミ子が説得しても島を出る話は突っぱねていた。イオさんは若いとき海女だったせいか、齢を取っても何とか病気知らずできたものだ。けれど南風原ナオさんのように突然死をされると何日も放置されることになる。ウミ子はそれを想像するのも恐かった。」

いま島の住人は二人きり。十年前は十世帯で二十人あまりが住んでいた。三十年前は小学校や中学校があり、町立病院の分院もあり、酒屋や米屋、銭湯もあった。考えてみれば、こんな島は日本のどこかにあるのではないか。限界集落は年々増えているし、消滅した集落も多いでしょう。

朝日放送テレビ『ポツンと一軒家』が人気ですが、それをふと思い出しました。日本各地の人里離れた場所に、なぜかポツンと存在する一軒家。そこには、どんな人物が、どんな理由で暮らしているのか。毎回興味深く、当方なんかは、欠かさず観てますけどね。

 

作者は、インタビューに応じて執筆動機を語っています。

「大きな翼をはばたかせて、悠々と飛ぶ鳥の姿が好きです。その鳥をモチーフにして小説を書きたいと思いました。それがこの小説執筆のきっかけです。鳥といえば海、と興味が広がり、島で働く海女の話に題材が決まりました。海女の仕事は呼吸と水圧との闘いです。その過酷な暮しが海女の体をきたえ、年を取っても現役で働く。今、老人の寿命が延びたというけれど、それよりもっと強靱な島の老婆の姿を描こう。そう思い至ったわけです」

 

イオさんのいる「養生島」はかつて漁業で栄えていた。イオさんも元海女だ。しかし若者らの島離れが続き、島に住むのはイオさんと、長年の海女友達で88歳のソメ子さんだけとなった。ウミ子は母親を本土に連れて行きたいのだが、「鰺坂(あじさか)家代々の墓ば捨てて島を出れてや? とんでもねえ」と一顧だにされない。

「小説中の島々の名前は架空のものですが、長崎の国境離島が頭にありました」

「離島に戻ったウミ子が、アワビ採りに海に潜ったソメ子さんを救出に行き逆に溺れかけたり、息子みたいな鴫青年と島々を巡り自然の猛威をサバイバルしたり。これは冒険活劇譚なんです。でも最後の冒険は、未知なる『死』との遭遇で、物語が終わってから、老婆2人で体験するしかない……。それはこの私達の宿題でもあるんです」

(「週刊文春」編集部のインタビューから)https://books.bunshun.jp/articles/-/4758

終盤で老女三人が迎える「台風」の描写もすごい。電灯が切れ、蝋燭の明かりで食卓を囲む彼女らの尻の下の古畳が浮き上がるのです。

 「ドッと一段高い雨音が屋根に雪崩れ落ちる。三人は箸を下ろして口をつぐんだ。そのとき三人の尻の辺りにずずずーっと妙な違和感が起こった。たちまち座っていた部屋の古畳が、フウッと溜息を吐いて四、五センチも浮き上がった。

おお、家が浮くぞ!

イオさんが眼を瞑る。ソメ子さんは思わず天井を仰いで十字を切った。」

 

空と海と人の物語です。そして人間の死と……。

亡き人がソメ子に語り掛ける不思議な描写もある。(ソメ子がソメ子自身に語っているんだけど)。

「ソメ子よう。ここは極楽じゃァー。よか所じゃァー。腹もすかねえし、仕事もせんでよか。たまには息子夫婦が孫だちもつれて来る。若い頃に好きじゃったソメ子まで、こうしておれに会いに来てくれた。おめえもいっぺん死んでみろ。そしたらおれの幸せな気持がようわかるぞ」

 

タイトルの飛族(ひぞく)とは、何でしょうか。

これは「人が鳥になって飛ぶ」という意味です。次のようなことが書かれています。

クエ漁に出た船が漁場で大量のクエを獲るのですが、〝台湾坊主〟と呼ばれる台風に見舞われて船が壊れ、浸水するのです。その時、老漁師が「鳥になって空ば飛べ!」「漁師には隠し羽根がある」と言うのです。「そんなものあるもんか!」「羽根はあるど!」そして老漁師が真っ先に飛び立ち、羽根を広げ、嵐の中に飛んでいくのです。他の皆もあとに続いて飛び立ちます……。

こうして海に沈み、鳥になった人たちの霊を弔い、老婆は自らも鳥踊りをして日々を過ごしています。飛ぶことを夢見て鳥踊りをする二人は、神々しく見えてきます。不思議な世界観がありましたね。

村田喜代子/1945年、福岡県生まれ。77年「水中の声」で九州芸術祭文学賞、87年「鍋の中」で芥川賞、98年「望潮」で川端康成文学賞、2010年『故郷のわが家』で野間文芸賞、14年「ゆうじょこう」で読売文学賞。他に『蕨野行』等。

(北代)

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