中村文則著「去年の冬、きみと別れ」(幻冬舎文庫)

2018年1月25日

fuyu-wakare

大型書店で平積みにされていて、購入したものです。2018年3月10日全国ロードショー。待望の映画化、ということです。解説まで入れて全195ページ、比較的文量が少なめなので買ったわけですが、読みだしたら止まりませんでした。これは凄い小説です!

ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか? 「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は――。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化!
(解説文より)

「M・Mへ
そしてJ・Iに捧ぐ。」

この献辞の言葉からすでに物語が始まっている。

書き出しから読者をぐいっと引き込み、ページをめくる手が止まらなくなる。

「あなたが殺したのは間違いない。……そうですね?」
 僕が言っても、男は表情を変えない。上下黒のトレーナーを着、だらけたように、身体を椅子にあずけている。透明なアクリル板が間になければ、僕は恐怖を感じただろうか?
頬が削げ、目がやや落ち込んでいる。
「……僕はずっと疑問に思っているのですが。……あなたはなぜ、……殺害後、亜希子さんの……」
――早まってはいけない。
 男が言う。表情は相変わらずなかった。悲しんでいるようにも、怒りを覚えているようにも見えない。ただ、疲れていた。この男は、ずっと疲れている。(書き出し)

優しい表現を使いながら、一文一文が丁寧に、巧みに、かなり吟味された優れた文章で書かれています。ほんとに、上手いです。さすが芥川賞作家。たくさんの伏線が張られ、話はどんどん先に進み、しかも、伏線の回収が巧妙に行われているのです。謎が謎を呼び、最後まで一気に読めます。

「(被告人は)木原坂雄大(きはらざかゆうだい)。35歳。二人の女性を殺害した罪で起訴され、一審で死刑判決。現在は高等裁判所への控訴前の被告になる。職業はカメラマンであるが、アート写真しか撮らず、主に母方の祖父の遺産で生活していた。」
この木原坂が殺害したとされるのが、一件目の事件の吉本亜希子(タイトルの“きみ”は彼女のこと)、二件目の小林百合子です。

取材の過程で僕は被告人の姉の木原坂朱里(あんり)に会いに行く。幼い頃に二人は児童養護施設で暮らしていたのです。母が失踪し、日々酒に沈んでいく父親から姉弟で逃亡したところを警察に保護され、養護施設に入ることになったのです。ところが、姉から簡単に話は聞かせてもらえない。

彼女が僕を見つめ続ける。哀れむように。
「あなたでは無理ね」
「え?」
「私達の領域にまで、来ることはできない」
「領域?」
「あなたには、とても私達の本は書けない」
 僕はまた窓を閉めたくなる。枝が伸びてくる。この部屋に。
「気の毒な人です。カポーティの『冷血』を読んだことは?」
「……あります」
「そうですか。意外でした。カポーティはあのノンフィクションを書いて、心を壊してしまった。一家を惨殺した、あの犯人達のノンフィクションを。でも彼はそれを書き上げることができた。だけど……、あなたは途中で投げ出すでしょう」
 部屋の温度が冷えていく。(本文から)

ところが、僕は朱里と肉体関係を結ぶのです。そして朱里から「私を助けて」と言われる。このあたりの展開には驚きました。ええ? いったいどうなるんだろう。先を読まずにはいられません。

死刑判決を受けた囚人とその姉、事件を取材して本を書こうとするライターの僕。簡単に言うと、そういう図式です。しかし――。最後まで予想がつかず、極めて面白く読めました。結末は衝撃的です。複雑な構成になっていて、それでいて破綻がなく、深く感動しました。

終わりの一文は、こうです。

「……全く同じ本を、片方には憎悪の表れとして、そして片方には愛情の表れとして……。M・Mへ、そしてJ・Iに捧ぐ」

このイニシャルは誰なのか? 残念ながら、筆者は解明できませんでした。ネットを検索してようやく理解し(お恥ずかしいw)、さらに「え~っ!」と驚きました。いや、まさかこんな仕掛けがあったとは……。献辞までトリックとは……さすがにそこまで読み込めなかった。凄いの一言。傑作小説です。ぜひ読んで欲しいと思います。
(北代靖典)

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